大学研究室へのVR歩行プラットフォーム導入|KATVR 研究コラム

Research Lab / 大学研究室への導入

大学研究室に
VR歩行プラットフォームを導入する

科研費対応 SDK提供 検収払い

VR歩行研究を始めたい。しかし、機材選定・予算確保・設置場所の確保という三つの壁が、研究室レベルでの導入を阻んでいる。全方向トレッドミル(Omnidirectional Treadmill: ODT)は約1.2㎡の設置面積で360度の歩行を実現する物理プラットフォームであるが、「どの分野で使えるのか」「科研費で購入できるのか」「データはどう取得するのか」といった実務的な情報は断片的にしか存在しない。

本稿では、ODTを大学研究室に導入する際の分野別メリット・SDK環境・調達手続き・導入事例を整理し、機材選定から検収払いまでの実務を一本の記事で概観する。

SECTION 01

研究室にODTが必要になるとき

VR空間内で被験者に「歩いてもらう」ことは、認知科学・リハビリ・防災訓練など多くの分野で実験デザインの前提条件となる。しかし、コントローラー操作では視覚と身体の感覚不一致(sensory conflict)が生じ、サイバーシックネス(VR酔い)や距離知覚の歪みが報告されている[1]。ルームスケール歩行では最低36㎡の物理空間が必要とされ[2]、一般的な研究室での確保は現実的ではない。

ODTはこの課題に対する物理的な解決手段である。凹型ベースプレートと低摩擦シューズカバーにより全方向の歩行をその場で再現し、ハーネスがVRヘッドセット装着時の転倒リスクを排除する。設置面積は約1.2㎡。研究室の一角に常設できるサイズである。

問題は「ODTがあればVR歩行研究ができる」という認識にとどまりがちな点にある。実際には、SDK経由のデータ取得環境、科研費での調達可否、被験者実験の安全管理体制など、導入前に確認すべき実務項目が複数存在する。

ODTは「VR空間で歩ける装置」にとどまらない。歩行速度・歩幅・方向転換をリアルタイムで定量化するセンシングプラットフォームであり、研究インフラとしてのODTという視点が導入検討の出発点となる。SDK、トラッキング精度、他のセンサー(EEG・モーションキャプチャ等)との統合性——これらを含めて評価することで、単なる移動装置ではなくデータ取得基盤としての価値が見えてくる。

SECTION 02

研究分野別の導入メリット

ODTの研究利用は特定分野に限定されない。以下に、査読付き論文で実績のある主要分野と、各分野におけるODT導入の意義を整理する。

認知科学・空間ナビゲーション

空間認知の研究では、被験者が実際に歩いて空間を探索することが実験条件として不可欠な場合が多い。経路統合(path integration)——自己運動情報から現在位置を推定する能力——の測定には、連続的な身体移動が前提となる。Chuang et al.(2024)は、2名の被験者が各自KAT Walk miniに乗り、協調してVR空間をナビゲートする課題においてハイパースキャニングEEG(複数人の脳波同時計測)を実施した[3]。Bampouni et al.(2025)は、KAT Walk C2 Plusを用いた多感覚VR環境(嗅覚・聴覚強化)での空間ナビゲーション記憶を評価している[4]

関連:VR空間ジレンマ研究コラム

リハビリテーション

歩行機能の回復訓練において、VR環境は単調な反復歩行に動機付けと文脈(横断歩道を渡る、公園を歩くなど)を与える手段として注目されている。ODTを用いることで、被験者は実際の歩行運動を伴いながらVR内のシナリオに沿った訓練が可能となる。Soon et al.(2023)は、高齢者を含む35名を対象にKAT Walk miniでのリハビリテーション適用可能性を検証した[5]

関連:VRリハビリテーション研究レビュー

防災・安全訓練

実際の災害現場を再現した訓練は、現実の安全上・コスト上の制約から実施が困難である。VR環境とODTの組み合わせにより、危険な状況(地震後火災、煙の充満した建物内の避難等)を安全に繰り返し体験できる。Corelli et al.(2020)は、消防士訓練シナリオにおいてKATWalkを含む3種のVRシステムを比較評価し、長距離ナビゲーションでの操作性を検証した[6]

教育・特別支援

Bosse et al.(2022)は、知的・発達障害のある生徒約20名を対象に、KAT VRトレッドミルを用いた日常歩行タスク(場所の探索、水辺の安全な行動等)のVR内反復練習による行動スキル習得を検証した[7]。教室内では再現困難な実世界シナリオを安全に繰り返せる点が、特別支援教育での導入根拠となっている。

建築・都市計画

設計段階の建築物や都市空間を「歩いて」評価する手法として、VR歩行は建築・都市計画分野で採用が進んでいる。Quan Li et al.(2025)は、KAT WALK 3DTを用いた仮想都市交差点シナリオで歩行者の意思決定における不確実性と神経階層の関係を解析し、全448試行の行動データを収集した[8]。コントローラー移動では得られない「実際の歩行行動」に基づく空間評価が可能となる。

SECTION 03

SDK・データ取得環境

KATVRはSDK(Software Development Kit: ソフトウェア開発キット)を研究用途向けに無償提供している。市販VRゲームを用いた体験評価だけでなく、研究目的に合わせた独自の実験環境を構築できる点が、研究インフラとしてのODTの基本要件である。

TABLE 01 ─ SDK対応環境
環境 言語/API 主な研究用途
Unity C# API VR実験フレームワーク(UXF等)との統合。最も採用例が多い
Unreal Engine C++ / Blueprint 高品質レンダリング。建築・都市研究向け
Python Python API データ解析パイプラインとの直接接続。NumPy/Pandas連携
ROS2 ROS2ノード マルチセンサー統合。EEG・モーションキャプチャとの時刻同期

SDK経由で取得可能な主要データは以下の通りである。歩行速度ベクトル・方向(TreadMillData)、加速度・角速度(ExtraInfo)、体幹回旋角(Yaw Correction)、2D/3D座標(100Hzサンプリング)。これらのデータを組み合わせることで、歩幅・ケイデンス(歩調)・歩行軌跡・方向転換行動の定量分析が可能となる。

トラッキング仕様:遅延10ms未満、精度0.12mm、SPI(Samples Per Inch)1,200以上。歩容分析(gait analysis)や空間ナビゲーション研究で求められる時空間解像度を満たしている。

関連:ODT研究ガイド(仕組み・データ・活用分野)

SECTION 04

導入事例(論文ベース)

以下に、KATVRプラットフォームを用いた査読付き論文から、大学研究室での導入事例を紹介する。いずれも機材選定・実験設計・データ取得の参考となる。

シンガポール工科大学のSoon et al.(2023)は、KAT Walk miniを使用し、健常成人・高齢者(7名、平均73歳)・理学療法士を含む計35名を対象にリハビリテーションとしての実現可能性を評価した。8種類のVR歩行シナリオで知覚安全性・受容度・サイバーシックネスを計測した結果、参加した高齢者全員がリハビリでの使用を希望した[5]

出典: Soon et al. (2023), J. of Rehabilitation and Assistive Technologies Engineering

この研究が導入検討の参考となる理由は、ODTのリハビリ適用における「実現可能性(feasibility)」を、高齢者を含む多様な被験者群で検証した点にある。サイバーシックネスの評価結果と被験者の受容度データは、倫理審査申請時の安全性根拠としても活用できる。

Chuang et al.(2024)は、2名の被験者が各自KAT Walk miniに乗り、共同VRナビゲーション課題を遂行しながらハイパースキャニングEEG(脳波同時計測)を実施。デルタ帯域からガンマ帯域における脳間の機能的・実効的結合を分析した。ODT上での歩行中にEEG計測を同時実行できることを実証した点が、マルチモーダル研究環境としてのODTの有用性を示している。[3]

出典: Chuang et al. (2024), arXiv preprint / EEG Hyperscanning

Suchardova(2025)は、KAT Walk Mini Sを用いたOmniStepチュートリアルシステムの設計と評価を報告しており[9]、ODT初心者の習熟プロセスに関する知見を提供している。Wang et al.(2024)は、KAT Walk C2 Coreを用いたVR歩行パフォーマンスの定量評価を行い、ODT歩行とオーバーグラウンド歩行(通常の地面歩行)の時空間パラメータを比較した[10]

関連:KATVR vs. コントローラー比較コラム

SECTION 05

製品ラインナップ:研究用途の選び方

KATVRプラットフォームは用途と予算に応じた複数のモデルを展開している。研究用途での選定基準は、被験者実験の頻度・規模、設置スペース、SDK利用の有無が主軸となる。

TABLE 02 ─ KATVRモデル比較(研究用途)
モデル 位置付け SDK 適した研究規模 価格帯
KAT PRO WALK Mecha 業務用フラッグシップ 対応 大規模被験者実験・常設ラボ 応相談
KATWALK C2+ Enhanced ハイエンド 対応 被験者実験・法人兼用 451,000円
KATWALK C2 CORE スタンダード 対応 パイロット研究・教育利用 313,500円
KATWALK mini S 小型モデル 対応 スペース制約のある研究室 応相談

選定の目安として、科研費の費目区分を考慮する必要がある。50万円以上の機器は通常「設備備品費」に分類され、50万円未満であれば「消耗品費」として計上できる場合がある。KATWALK C2 CORE(313,500円)やKATWALK C2+ Enhanced(451,000円)は消耗品費の範囲に収まる可能性があり、設備備品費と比較して調達手続きが簡略化される場合が多い。

SECTION 06

導入支援体制

大学・研究機関特有の調達フローに対応するため、KATVR JAPANでは以下の支援体制を整備している。

  • 科研費対応 ── 科学研究費補助金(科研費)・公的研究費での購入に対応。見積書・納品書・請求書の発行が可能
  • 検収払い(後払い) ── 大学の会計制度に沿った納品後支払い方式に対応。検収完了後に請求書を発行する
  • 費目区分 ── 設備備品費・消耗品費のいずれにも対応。機器の金額と大学の内部規定に応じた費目選択が可能
  • SDK無償提供 ── 研究用途でのカスタマイズに必要なSDK(Unity/UE/Python/ROS2)を追加費用なしで提供
  • 設置サポート ── 研究室のスペース・電源容量・天井高に応じた設置相談。搬入経路の事前確認にも対応
  • 技術サポート ── SDK連携やトラッキング設定に関する技術的な問い合わせに対応

科研費での購入フローは、一般的な法人調達と同様に見積書の取得から始まる。年度末の予算消化を見据えた納期調整にも対応しているため、申請時期に応じた相談が可能である。

SECTION 07

導入実績

KATVRプラットフォームを用いた研究は30本以上の査読付き論文として発表されている。国内外の導入実績は以下の通りである。

海外研究機関(論文実績あり)
MIT Stanford University Singapore Institute of Technology University of Nevada, Las Vegas Charles University (Prague) Dalhousie University Tsinghua University University of Oulu
国内導入実績
100機関以上(公表46機関) 大学研究室 企業R&D VR体験施設 防災訓練機関

大学研究室へのODT導入は、「VR空間で歩ける装置を買う」という単純な機材調達ではない。SDK経由のデータ取得環境、既存の実験フレームワークとの統合性、科研費をはじめとする公的資金での調達可否、被験者実験の安全管理体制——これらを包括的に検討した上で、自身の研究デザインにODTが適合するかを判断する必要がある。

ただし、ODT歩行はオーバーグラウンド歩行と完全に同一ではない。歩行速度の低下やステップ長のばらつき増大が報告されており[10]、ハーネスの装着や凹型プレートの摩擦特性が歩容データに部分的な影響を与える可能性がある。また、被験者にはODT歩行への習熟時間が必要であり、初回試行のデータは練習効果のバイアスを含みうる[9]こうした制約を論文内で明示した上で、それでもなお得られるデータの価値と実験環境の現実性を秤にかけること——それが導入判断の出発点となる。

References

[1] Cherni, H., Souliman, N., & Métayer, N. (2021). Using virtual reality treadmill as a locomotion technique in a navigation task. Int. J. Virtual Reality, 21(1). https://doi.org/10.20870/IJVR.2021.21.1.3046

[2] Azmandian, M. et al. (2015). Physical Space Requirements for Redirected Walking: How Size and Shape Affect Performance. UIST 2015 Adjunct.

[3] Chuang, C.-H., Peng, P.-H., & Chen, Y.-C. (2024). Leveraging Hyperscanning EEG and VR Omnidirectional Treadmill to Explore Inter-Brain Synchrony. arXiv preprint. https://doi.org/10.48550/arXiv.2406.06327

[4] Bampouni, E. et al. (2025). NaviNord: A Multisensory Virtual Reality Application for Measuring Spatial Navigation Memory. ACM Mindtrek 2025. https://doi.org/10.1145/3757980.3762110

[5] Soon, B. et al. (2023). Potential of the omnidirectional walking platform with virtual reality as a rehabilitation tool. J. Rehabilitation and Assistive Technologies Engineering. https://doi.org/10.1177/20556683231161574

[6] Corelli, F. et al. (2020). Assessing the Usability of Different VR Systems for Firefighter Training. VISIGRAPP 2020 - HUCAPP. https://doi.org/10.5220/0008962401460153

[7] Bosse, I.K., Haffner, M., & Keller, T. (2022). Virtual Reality for Students with Special Needs. ICCHP-AAATE 2022. https://doi.org/10.35011/icchp-aaate22-p1-09

[8] Li, Q. et al. (2025). Pedestrian decision-making uncertainty in urgent scenarios modulates multi-level, neural hierarchies. Cell Reports Physical Science. https://doi.org/10.1016/j.xcrp.2024.102401

[9] Suchardova, L. (2025). OmniStep Tutorial System for KAT Walk Mini S. Charles University. ODT歩行の初期習熟プロセスに関する設計・評価。

[10] Wang, S. et al. (2024). Gait Performance on KAT Walk C2 Core. 歩行パフォーマンスの定量評価。ODT歩行とオーバーグラウンド歩行の時空間パラメータ比較。

[11] Green, D. et al. (2024). Energy Expenditure During VR Omnidirectional Treadmill Walking vs. Outdoor Walking. UNLV研究グループ。Cosmed K5による呼気ガス分析。VR歩行6.1 kcal/分 vs 屋外歩行5.8 kcal/分。

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